ナイアガラの歴史・トリビア編

ナイアガラの滝の歴史のトリビア・小ネタを集めました。楽しんでお読み頂ければ幸いです。

ナイアガラの滝の歴史・トリビア編

ナイアガラの滝を樽に入って下った最初の強者、アニー・エドソン・テイラー

ナイアガラの滝の歴史 今ではそんなことしてしまうと$10000もの罰金が科せられますが、100年以上も前に、人類で初めてナイアガラの激しい水流を樽に入って下った女性がいます。

彼女の名前はアニー・エドソン・テイラー。未亡人になり、余生の金銭的な不安から、「ナイアガラの滝を樽に入って下ったら有名になり、お金がもらえるんじゃないか!?」という思い付きから63歳の誕生日にこのような行動をとります。

結果命を懸けて滝に飛び込み、何とか命は助かりましたが、お金は一銭も入りませんでした。しかし、歴史に名前を残すことになり、その後も82歳まで長生きしました。

また、後に合計で16名もの強者が彼女に続いて滝下りに挑戦しています。

ナポレオン弟より前にハネムーンをしたカップルがいた!?

19世紀初期、ナポレオンの弟が新婚旅行でここを訪れて以来「ハネムーンの目的地」として有名になった、というのがナイアガラの有名な逸話です。しかし実は、それ以前の1801年に、アメリカ副大統領の娘Theodosia Burrと夫のJoseph Alstonが新婚旅行にナイアガラの滝を訪れたのが、流行りの発端だったともいわれています。

北米初のエレベーターができたのはここナイアガラ!?

イギリス人がはじめてナイアガラの地に足を踏み入れた直後、原住民のセネカ族と一悶着起してしまいます。セネカ族に襲撃され、被害が大きくなっていく中、イギリスは支援のため、ナイアガラへ人を送ります。送られてきたエンジニアによって、北米で初のエレベーターの原型となる仕組みが開発されたともいわれています。

厳密にいうと「エレベーターの原型となる仕組み」なので、実際のエレベーターではございませんが、これが後に、現代の私たちの生活に欠かせないものになっていくと考えると、非常に歴史がある発明品なんだな、と感じませんか?

ナイアガラの滝の流れが止まった日があった!?

ナイアガラの滝の歴史 1848年の3月30日に、アメリカ側からナイアガラの滝をみた人が滝の水が全く流れていないことに気づきます。いつもあんなに勢いのある流れが止まってしまっているのをほかの人々がみて、世の終焉だと思い込み、神の許しを請うために、教会に駆け込んだ人々も多かったようです。

後ほど明かされた原因が、エリー湖からナイアガラの滝へ繋がる水路に大量の氷がたまり、水を止めてしまっていたためにこの現象が起きました。

徐々に氷が解け、2日後の4月1日にはいつも通りのナイアガラの滝の姿に戻りました。

ナイアガラ・パークとセントラルパークの生みの親は同じ人物!?

ナイアガラの滝の歴史 ナイアガラ・フォールズ・ステート・パークというナイアガラ付近の公園は、実はニューヨーク・マンハッタンのセントラルパークのデザインも手掛けたフレデリック・ロー・オルムステッド(Frederick Law Olmsted)という人物によってデザインされたものです。

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